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空気のユニバーサルデザイン ケミレスタウン

空気のユニバーサルデザイン ケミレスタウン

化学物質(ケミカル)の少ない(レス)安全な暮らしを研究する、人の健康から発想するまちづくり

2012/01/18

レポーター:仲田裕紀子

生きていく上でなくてはならないものだが、ふだんはその存在を感じさせない空気。空気は安全なものだと誰もが信じていたが、最近では、セシウムやストロンチウムなど放射性物質の存在が多くの人を悩ませている。今回は空気のユニバーサルデザインについて紹介したい。

人の健康から発想するまちづくり

つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス」駅にほど近い千葉大学環境健康フィールド科学センター。西洋医学、東洋医学、園芸、看護、教育などの異なる学問分野を融合し、市民の生活の質の向上に役立つ研究を環境と健康をキーワードに設立された。ここは、環境と健康をテーマにして開発された「柏の葉キャンパスシティ」の中核施設でもある。

大学の農場だった場所にできたキャンパスには梅林をはじめ、さまざまな樹木があり、緑豊かな空間が広がる。さらに奥に進むと「ケミレスタウン」がある。ここは化学物質を可能な限り低減した戸建住宅、テーマ棟などで構成されているミニタウンだ。

「ケミレスタウン」の「ケミレス」とは、化学物質(ケミカル)の少ない(レス)という意味。シックハウス症候群に悩む人たちが少しでも症状を緩和できるように、産官学で科学的な実証実験を行ない、その成果を広めていくために設立された。「ケミレスタウン」は、誰もが健康に暮らせる「環境のユニバーサルデザイン」をめざして名づけられた。人の健康からまちづくりを考えることはこれまでにあまりなかった。

身体の不調やアレルギー症状を引き起こすシックハウス症候群は、建材に使われている接着剤、防腐剤として使われるホルムアルデヒドやトルエン、キシレンなどの揮発性有機化合物(VOC)が原因と考えられている。また家具や家電製品から揮発してくる物質、さらには消臭剤や洗剤、香料などに含まれる化学物質も原因物質になるといわれている。

人工的な化学物質だけでなく、松やヒノキなどに含まれる天然の化学物質によって体調を崩す人もいるという。春になると多くの人を悩ませる花粉症も天然の化学物質によるものだ。しかし、これらの症状の原因になる環境要因や発症のメカニズムの多くは未だに解明されていない。

そこで千葉大学環境健康フィールド科学センターでは「ケミレスタウン・プロジェクト」を立ち上げ、2006年からはNPO法人ケミレスタウン推進協会が設立された。企業と共同でセンター敷地内に実験用の住宅やテーマ棟を建設して、実証実験を行っている。もちろん、施設はできるだけ、VOCの少ない建材や内装材が採用され、空気質測定も行われている。

厚生労働省は、2000年に室内空気中のTVOC(総揮発性有機化合物)の暫定目標値を400μg/m3とし、ホルムアルデヒドなど13の物質については室内濃度指針値を設定した。これを受けて2003年にはJIS(日本工業規格)が改正され、内装材や建材のホルムアルデヒドの放散量の性能区分を示す F☆☆☆☆(Fフォースター)マークが義務付けられるようになった。

しかし、ひとつひとつの製品が基準を守っていても、実際の住まいの中では、床、壁、天井に複数の素材が使われている。さらに家具や家電製品などもあり、室内の空気中の化学物質総量を考えなければ、問題の解決にはならない。さらにFスターの素材でも、高温多湿になると接着剤などからホルムアルデヒドが発生されることが確認されている。現在の基準では、そうした状況までは配慮されていない。

また厚生労働省の13物質の指針値や数値についても議論が続いている。そもそもVOCの基準値は体重50キログラムの成人が基準になっている。子どもたちや母親の胎内にいる胎児は、少ない量でも大きな影響を受けてしまう。そこで、大人ではなく、影響を受けやすい子どもを基準にすることが望ましい。そのためには、科学的な根拠が必要になる。

ケミレスタウンは、ケミレスへの知識や理解を深めるためのテーマ棟とハウスメーカーによる戸建住宅の実験施設、測定実験を行うユニラボ(ユニットラボラトリー)で構成されている。戸建住宅は、シックハウス症候群の症状をもつ子どもやその家族が数日間過ごし、症状改善を図るためにも利用されるという。

テーマ棟は靴を脱いでスリッパに履き替えて入る。ケミレスラボでは「ケミレス必要度テスト」でシックハウス症候群をセルフチェックすることもできる。パネルやサンプルを展示しているギャラリーでは、ホタテ貝や珪藻土、火山灰などの天然素材を使い化学物質を吸着する建材や窓を閉めていても換気が行えるサッシ、バイオマス素材のボードなどが展示されている。

2階に上るとセミナーや講演会などに利用されている「ケミレス教室」がある。ここは学校の教室をイメージして、内装材、机やいすなどの家具もすべてケミレスの基準を満たしたもので構成されている。実際、「シックスクール症候群」という言葉もあるように学校の新築や改築などで症状を訴える子どもも多いという。ケミレス教室は教育関係者が見学に訪れる。シックハウス症候群だけでなく、アレルギー症状をもつ子どもが増えている。子どもたちの健康を守るためにも空気や室内環境を考えることは重要だ。

空気の質はすべての人にとっての問題だ。感じ方や症状の有無は個人差が大きい。でも子どもや弱い人を基準にすることで多くの人の健康を守れるようになる。

ケミレスタウン・プロジェクトの5年間の研究成果をもとに、NPOケミレスタウン推進協会から、シックハウス症候群を予防できる室内空気中のTVOC(総揮発性有機化合物)の「規準」が提案され、12月31日までパブリックコメントが行われている。その内容は、1. A規準(シックハウス症候群をある程度予防できる濃度)400μg/m3以下。2. S規準(化学物質に対して敏感な方(感受性の高い方)でもシックハウス症候群をある程度予防できる濃度)250μg/m3以下。

ケミレスタウンは一般の人でも見学できる日があるので、お近くの人は一度足を運ばれることをおすすめしたい。

ケミレスの建材などが展示されているギャラリー
ケミレスの建材などが展示されているギャラリー
ギャラリー
ギャラリー
ケミレスタウンテーマ棟
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リビング、寮、キッチンを想定した部屋単位での実験施設「ユニラボ」
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ゲストハウスと呼ばれる戸建住宅。土間を現代風に取り入れ、外から持ち込まれる化学物質のバッファゾーンとしている
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セミナーなどを開催する「ケミレス教室」では、学校向けの内装や家具で構成
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シックハウス症候群の可能性をセルフチェックできる「ケミレス必要度テスト」
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Profile

仲田裕紀子

仲田裕紀子/編集者

東京都生まれ。Chelsea Art and Design College でインテリアデザインを学ぶ。
これまで10年にわたり全国のユニバーサルデザインを取材。ワークプレイスのユニバーサルデザインに関する調査研究にも携わる。日本建築学会ワー クプレイス研究小委員会委員。日本ファシリティマネジメント推進協会ユニバーサルデザイン研究部会メンバー。WFMプレスメンバー。