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石本藤雄展 布と陶 ─冬─

石本藤雄展 布と陶 ─冬─

2012-13年冬に届いたフィンランドの輝き、日本の心

2013/01/30

レポーター:若井 浩子

東京・青山のスパイラルガーデンで2012年12月12日から2013年1月14日まで開催された、石本藤雄さんの個展「布と陶 ─冬─」。1970年代から「マリメッコ」のテキスタイルデザイナーとして世界的に活躍し、1989年からは陶器メーカー「アラビア」のアート部門でセラミックアーティストとしても活動する石本さんに、会期中、お話を伺った。

蓮池の夜と、鮮やかに咲く花々

創作する上でフィンランド人との感性の共通性、あるいは日本人であることを意識されることはありますか? こんな問いへの石本藤雄さんの答えは、「ないです。フィンランドの人は日本的なものが何かって、知らないんですよね」。シンプルで朗らか、遊びはあるけど、無駄がない。石本さんの言葉は、石本さんの作品と一緒だ。
1970年にフィンランドを活動の場に選び、74年から32年間にわたってマリメッコでテキスタイルデザインを手掛けてきた石本さん。89年からは、アラビアのアート部門でセラミックアーティストとして表現の域を広げている。

東京・青山のスパイラルガーデンで開催された石本さんの個展「布と陶 ─冬─」。開催時期は冬と決まっていた。メインモチーフは、2003年デザインのテキスタイルパターン「Selanne(セランネ:水上から見た遠景)」だ。
「2010年にスパイラルで開催した展覧会のテーマは『布と陶に咲く花』。この『布と陶』というテーマは僕にはすごく合っている。今回は、それに『冬』をつけました。セランネを選んだのは、ベースに蓮池の風景があったから。展示空間を蓮池のイメージで作れないかと考えた。冬場の蓮は生きている。枯れてもね…。それで、(陶作品に)月の満ち欠けのイメージを重ねた、蓮池の夜、のイメージが最初にあったんです。それに合うファブリックがセランネでした」。

とろけるような質感、固さ、湿り気、柔らかさ……。釉薬は色と同等に質感をも左右する
とろけるような質感、固さ、湿り気、柔らかさ……。釉薬は色と同等に質感をも左右する
可憐に咲く“壁の花”
可憐に咲く“壁の花”

また、蓮池の隣には約50点もの花々のレリーフが壁一面に咲いた。鮮やかな色彩と冷たい質感は、冬の澄んだ空気を彷彿とさせると同時に、石本さんの作風の多様さを印象づける。
「僕はもう、いろいろなものに興味があるんです。ひとつのものではダメなんです(笑)。ずーっと同じことやっていたら、前に進めない。そう思います」。

フィンランドと日本の40年

まだ日本にいた頃、雑誌で初めてマイヤ・イソラの作品に触れた石本さん。「Lokki(カモメ)」(1961年)や、「 Meloon(メロン)」(1963年)を見て唸ったと言う。「抽象絵画ではああいうのはあるけど、テキスタイルの中ではすごくユニークでした」。

1970年、カイ・フランクへの紹介状を携えてフィンランドに渡ってからは、マイヤを始め多くの出会いに恵まれた。
「僕はラッキーでね。アラビアのビルガー・カイピアイネンと、マリメッコの創始者のアルミ・ラティアさんはすごく親しい友達。サマーハウスなんかに呼ばれて行くと、カイピアイネンさんもよく来ていた。オイヴァ・トイッカさんとも知り合って長いお付き合いになります」。

「1960〜70年代のフィンランドは自国の文化を海外発信する努力をしていました」。一方、当時の日本は“文化発信”よりも重工業産業や建設業に重きを置いた高度経済成長期にいた。そして1973年に中東戦争が勃発。日本は石油ショックに見舞われ、同じ石油輸入国のフィンランドも同様に打撃を受けていた。「でも1981年に久し振りに日本に帰ったら、すごかったね。新宿はもうビルがバンバン建って、ものすごく変わっていた(笑)。当時、フィンランドも立ち直ってはいたけど、日本ほど(の活況)ではなかったです」。

すべて布の耳には製作年が記されている。年を追ってデザインの変遷を辿ると創造性の多様さ、旺盛さに圧倒される
すべて布の耳には製作年が記されている。年を追ってデザインの変遷を辿ると創造性の多様さ、旺盛さに圧倒される
かつてマリメッコでは布とドレスのデザインは同一に考えられていた。布を吊すことでドレスのイメージを明確にしたという
かつてマリメッコでは布とドレスのデザインは同一に考えられていた。布を吊すことでドレスのイメージを明確にしたという

89年のソ連崩壊によってフィンランドは経済停滞期に入るが、90年以降、産業改革と教育改革に果敢に取り組み、難局を乗り越えて見せた。日本に90年代半ば以降、北欧デザインブームが訪れた底流には、永年の努力に加えて、デザイン産業の海外市場開拓に本気で取り組み始めたフィンランドの力が潜んでいる。そして現在、日本においての北欧デザインはブームの域を超え、生活スタイルとなって確実な市場を獲得している。

巡る季節を通り抜けて

石本さんの一日は──「朝は、8時に起きる。目覚ましはなしです。で、朝食。コーヒー飲んで、黒パンのサンドイッチ食べて。それで、家を出るのは11時くらい。路面電車とバスを乗り継いで、アラビアまで40分くらい。着いたら、途中で買ってきたお昼を……。何もしないでお昼たべてるなぁ!(笑) 仕事はお昼過ぎから夜6時くらいまでやってます。6時過ぎたら、家に帰って、テレビ見て。寝るのは12時くらい。作陶は、力仕事ですから。(きちんと寝ないと)身体がもたない」。

蓮池と水面に映る月の満ち欠け、冬、夜の静寂、眠り。展示は自然の営みを彷彿とさせる
蓮池と水面に映る月の満ち欠け、冬、夜の静寂、眠り。展示は自然の営みを彷彿とさせる

石本さんの話からは、ヘルシンキの灰色がかった冬空や、真っ青な夏の空、淡い潮風や路面電車脇の石畳に吹き溜まった木の葉、そして、市中から少し郊外にあるアラビアファクトリーへと向かう姿までもが清々しく浮かんでくる。
たゆまず倦まず、創作に打ち込んで40年、幾度も巡る季節を通り抜けて日本に届いた作品に宿るのはフィンランドの輝きだろうか、日本の心だろうか。長い年月の間には一通りでない困難もあったことと思うが、石本さんは作品と同じように朗らかに、シンプルに(つまり、鋭さをもって)、自身が信じた道を歩んでこられたのだろう。とつとつと、しかし朗らかに語られる言葉にそんな印象を深くした。

Profile

若井 浩子

若井 浩子/編集者・キュレーター

白百合女子大学卒業。『商店建築』『wind』(商店建築社)編集部、『リビングデザイン』(東京ガス リビングデザインセンター)副編集長、『セブンシーズ』(アルク)編集部を経てフリーランスに。アート、建築、デザイン、ライフスタイル、文化・産業政策等について国内、ヨーロッパ、北欧諸国に取材し企画編集を手掛ける。2013年、ギャラリー「Books and Modern」開設予定。